全宇宙の涙:第1章「静寂より甦る者たち」:第1話「灰の中の目覚め」

全宇宙の涙

🪐 第1章:

「静寂より甦る者たち」

―戦争は、すでに終わっているのか。それともまだ続いているのか。
彼らはその答えを知るために、目を覚ました。

第1章 第1話:灰の中の目覚め

暗い。
何も見えない闇の中で、鈍い痛みが頭の奥に残響していた。

――ここは……どこだ?

思考よりも先に、鼓動の音が耳の奥で反響する。
まるで自分の身体が他人のものになったかのような、遠い感覚。

ゆっくりと瞼を開けると、そこには軍医の白衣があった。
照明の光が滲んで見える。
そして、一瞬だけ――視界の端に“誰か”の姿が見えた。
子ども、老婆、そして別の誰か。
ぼやけた影が交錯し、次の瞬間には消えていた。

「……気がついたか。アーク少佐」

軍医の低い声が、意識を現実へと引き戻す。

「ここは後方医療区画だ。戦線の爆発で頭を打って搬送された。奇跡的に命は取り留めたが……」
「……戦況は?」
「最悪だ。グレイセルの侵攻は止まらない。我々は辛うじて中和装置で防御線を維持しているが、いつ崩れるか分からない」

アークは息を整えながら上体を起こした。
数年前から続く対グレイセル戦争。
人類は何度も敗走を繰り返した。
仲間の多くは、黒いシャボン玉のような膜に囚われ、動きを止めた。
彼らはまだ「死んでいない」と言われている。
だが、誰ひとり戻ってきた者はいない。

「……中和装置がなければ、俺たちはとっくに終わっていたな」
「そうだ。偶然、グレイセルの攻撃が反射して中和したことで生まれた技術だ。だが、それも長くは保たん」

軍医は静かに息をついた。
「それと……隊長がお前に話があると言っていた。目が覚めたら司令区画に来い、とな」

アークは礼を言い、立ち上がった。
まだ頭の奥が重い。だが立ち止まってはいられない。

信仰者達

医療区画を出ると、薄暗い通路の先から低い祈りの声が聞こえてきた。
その先には、戦火の中でも消えることのない「祈祷室」がある。

数十人の兵士や市民が集まり、それぞれの神へ祈りを捧げていた。
「グレイセルから守ってくれ」と願う者。
そして――「グレイセルこそ神の使いだ」と崇める者。

信仰はやがて、希望と狂気の境界を曖昧にしていた。
アークはその光景を無言で通り過ぎた。
誰もが何かに縋らなければ、心が壊れてしまうのだ。

司令室

扉を開くと、隊長と白衣の科学者が待っていた。

「目が覚めたか、アーク。時間がない」
短く告げる隊長の声。
その隣で、科学者の女が端末を操作していた。

「初めまして。私はカリン・ヴェルト博士。生体研究班の主任です」

ホログラムに浮かび上がった映像――
黒く波打つ膜に包まれた人影。
それはグレイセルの被害者の一例だった。

「この膜を採取し、解析したところ……」
博士はデータを切り替えた。
「人間のDNAと98%以上の構造一致が確認されました」

室内の空気が張り詰めた。
グレイセルは、未知の異星生命体ではなく――
**人間に極めて近い“有機生命”**である可能性が出てきたのだ。

「まさか……人間がグレイセルを作ったとでも?」
「断定はできませんが、“操っている存在”は私たちと同じ種かもしれません」

アークは息を呑んだ。
この戦いは、もしかすると――人類自身との戦いかもしれない。

「アーク。君に命じる」
隊長の声が静かに響く。
「グレイセルが初めて発生した惑星――カリア・セクター87へ向かえ。
調査部隊の指揮を任せる」

「……了解しました」

報告を終え、アークは自室へ戻る。
翌日の出発に備え、深く息を吐いた。
その夜、眠りにつく直前――再び、あの幻影が見えた。
子ども、老婆、そして見知らぬ自分。
誰の記憶でもないのに、なぜか懐かしかった。

黒い空間

音が、ない。
光も、ない。
ただ、“何か”がそこに在るという確かな気配だけが、空間を満たしていた。

黒い霧のようなものが、静かに、しかし脈打つように揺らめいている。
脈動――それは、心臓の鼓動にも似ていた。

形はない。声もない。
だが、見ている。
無数の視線が、アークの意識の奥を覗き込むように。

誰かが何かを“語ろうとしている”――そう感じた瞬間、
闇が、波のように一斉に蠢いた。

その中心から、かすかな囁きのような思念が生まれる。

――「……かえ……れ」

その音は、耳ではなく、脳の内側で響いた。

翌朝

翌朝――
鉛色の雲の下、格納区画には出撃準備の音が響いていた。
エンジンの振動、指令の短い声、整列する兵士たちの息づかい。
その中で、アークは見慣れた背中を見つけた。

「リア」

彼女が振り返る。
若干赤みのかかった金髪が肩で揺れ、眠そうな目に微かな笑みが浮かぶ。

「ようやく起きたのね。軍医が“目を覚ました”って聞いて、ずっと気になってた」
「悪い。寝過ぎたかもしれない」
「戦場で“寝過ぎ”とか、あなただけよ」

二人は短く笑い合った。
笑いの後に、わずかな沈黙。リアの視線が、遠くの戦艦を見つめる。

「ねぇ……この戦い、いつまで続くんだろうね」
「さぁな。だが、終わらせに行く」
「終わらせる……か」

リアはうつむき、アークの胸元の勲章を指でなぞった。
「私たち、あの日もこんな朝だった。仲間が次々と“あの膜”に包まれて……
あなたが倒れて、それでも“生きてた”って聞いた時――ほんと、嬉しかった」

「悪運だけは強いんだ」
「……その運、今日も使わせてもらうわ」

リアが笑いながら肩を叩く。
その笑顔の奥に、恐怖と決意が入り混じっていた。

サイレンが鳴る。
空気が震え、出撃の時が来たことを告げる。

「行こう、リア」
「ええ――“始まりの星”へ」

二人は並んで歩き出す。
その背後で、黒い雲がゆっくりと空を覆い始めていた。

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